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広島高等裁判所松江支部 昭和39年(ネ)23号 判決 1965年8月27日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴人ら代理人において

控訴人経夫は昭和二七年一一月頃実兄茅野治郎八より本件家屋の贈与を受けて所有権を取得したものである。仮に然らずとするも、既に述べるとおり控訴人らは時効により本件家屋の所有権を取得したものである、と陳述した。

立証(省略)

理由

被控訴人が昭和三七年九月一二日鳥取地方裁判所米子支部昭和三六年(ケ)第八八号不動産競売事件の競落許可決定により本件家屋を競落し、代金を完済のうえ同年一〇月二九日その所有権取得登記を経由したこと、本件家屋は元訴外茅野治郎八の所有に属しており、控訴人経夫及びその妻である控訴人恭子は、右競売以前よりこれに居住していること、は当事者間に争いがない。

控訴人らは本件家屋は昭和二七年一一月頃控訴人経夫が実兄に当る茅野治郎八より贈与を受けて所有するものであると主張し、被控訴人は控訴人経夫の所有権取得を争うので審案する。

成立に争いのない甲第五ないし第四五号証(但し、第五号証は一ないし四、第一九号証は一ないし三、第三七号証は一、二)、証人鹿島六郎、同世良田隆吉、同渡部静子、同茅野康二の各証言、控訴人経夫及び控訴人恭子(原審並びに当審)各本人尋問の結果を総合すると、控訴人経夫の実兄茅野治郎八はかねてより控訴人経夫に対し、結婚すれば分家料として本件家屋を贈与する旨話していたこと、控訴人らは昭和二三年五月頃訴外渡部静子の媒酌により結婚し、同二六年五月一五日より本件家屋に居住するに至つたこと、右治郎八は控訴人らが本件家屋に入居するに当つてもこれを控訴人経夫に贈与するような話をしていたが、判然としたものでなかつたので、控訴人経夫は右渡部静子に贈与につき交渉方を依頼し、同人は昭和二七年一一月頃治郎八と交渉したところ、治郎八は本件家屋を控訴人経夫に贈与することを承諾したこと、その後治郎八は控訴人らに対し、本件家屋は贈与したのであるからその修繕は自分でなせと申し向けるので、控訴人らは自己の費用で修繕し管理していること、ところが治郎八は、本件家屋の移転登記を経ていないのを幸いに、控訴人らに無断でこれに抵当権を設定し、遂に競売に付され、被控訴人が競落するに至つたこと、が認められる。他に右認定に反する証拠は存しない。物権の変動は意思表示のみによりその効力を生ずるのであるから、右認定の事実によると、控訴人経夫は昭和二七年一一月兄治郎八より本件家屋の贈与を受けその所有権を取得したものということができる。ところがその所有権取得登記を経ないうちに被控訴人は競売手続により治郎八よりその所有権を取得したため、二重譲渡の結果になつたのである。そうすると控訴人経夫は被控訴人より先に治郎八より贈与を受けているわけであるが、登記がないのでその所有権取得をもつて登記を経た被控訴人に対抗することができないものというべきである。

次に控訴人らの時効取得の抗弁について検討する。およそ所有権につき取得時効が成立するためには、占有の目的物が他人の物であることを要するは言うまでもない。ところが前認定のとおり、本件家屋は控訴人経夫が治郎八より贈与を受けたのであるから、控訴人経夫は自己の物の占有者であり、取得時効の成立する余地がない。控訴人らの右主張は失当である。

進んで権利乱用の抗弁について検討する。証人鹿島六郎の証言、控訴人経夫及び控訴人恭子(原審)各本人尋問の結果によれば、控訴人経夫は兄治郎八の事業の失敗により失職したので、昭和三四年五月頃より本件家屋において、食品卸売業を営み、二階を間貸し、控訴人夫婦及び子供二人の生活を見ているのであるが、生活は決して豊かなものでないことが認められる。しかし被控訴人が斯る控訴人らの家庭の事情及び前記説示の控訴人経夫と治郎八との間の本件家屋に関する契約関係の存在を知りながら、控訴人らを害する意思をもつて本件家屋を競落したうえ、その明渡を求めているものであることを認め得る資料は何も存しない。又、被控訴人が米子市内において実母と息子夫婦が居住する店舗、被控訴人夫婦が居住する住宅その他数ケ所に建物を所有していることは、被控訴人の認めているところであるが、被控訴人の資産並びに家族の状況がそのようであつても、被控訴人に本件家屋を取得する必要性、控訴人らに対し明渡を求める差迫つた必要、或いは格別の用途がないということはでない。控訴人恭子より被控訴人を相手に本件家屋の居住関係について調停申立をなしたが、被控訴人から敷金一〇万円と賃料月一五〇〇〇円を要求したのを、控訴人らは応ずることができず、調停不調に終つたことは当事者間に争いのないところであるから、被控訴人としては、本件家屋につき何等占有権限のない控訴人らは速かに本件家屋から退去せしめ、正しい契約関係において他人に利用させ或いは自ら利用する利益と必要があるということができる。又被控訴人が競売手続に参加し安価に競落したことを不当とする理由はない。以上のとおりであるから被控訴人がその所有権に基づき本件家屋の明渡を求める本訴請求は権利の乱用であるとは認め難く、その他権利乱用の要件と見るべき事情の主張立証がないから、被控訴人の明渡請求が権利の乱用であるとする主張は採用できない。

結局控訴人らの主張はいずれも理由がなく、他に控訴人らが本件家屋を占有する正当な権限の認むべきものがないので、被控訴人の本訴請求は理由があるものというべく、これを認容した原判決は相当である。

よつて本件控訴を棄却し、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用し、主文のとおり判決する。

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